歴史研究会の7月度例会は清瀬市郷土博物館に赴き、同博物館の学芸員、中野光将氏に講演をお願いし座学という形で実施した。参加人数は過去最多となる17名となった。
また、例会終了後、所沢に戻り所沢パークホテルで暑気払いの懇親会を行った。
午後1時半に清瀬駅に集合、直前の人身事故で電車に遅れが生じたが、皆様の日頃の早め早めの行動が功を奏し、ほぼ定時に集まることが出来た。
徒歩10分で清瀬市郷土博物館に到着、館長の特別の許可を得て館内の立派なシアターホールを使用させていただき,午後2時より約2時間の予定で講演会を行った。。
講演会のテーマは「清瀬・所沢鉄道物語」、現西武池袋線の前身、武蔵野鉄道の歴史や駅の変遷、また幻となった東京青梅電気鉄道の敷設計画等についてお話をして頂いた。
当歴史研究会の為に作成いただいた資料をパワーポイントを使ってスクリーンに映し出し、分かり易く解説して下さった。
<講演内容の抜粋> ・武蔵野鉄道は飯能周辺からの人の移動や物資輸送を目的に、飯能の資産家達が出資して明治45年設立、大正4年池袋ー飯能間が開通した(昭和4年に吾野まで延伸)。 開業当初は蒸気機関車であったが、大正14年にはすべて電化された。
・所沢市には現在11の駅があるが(注)、戦後無くなった駅が2駅ある。所沢飛行場前駅と所沢飛行場駅(現在の航空公園駅とは別物)。前者は御幸町にあったことが判明しているが、後者は詳しい場所は不明。ご存知の方はご連絡をお願いいたします。 (注)秋津駅は清瀬市、東村山市、所沢市の3市にまたがって置かれている。
・清瀬駅は当初、住民の反対があり駅の設置が見送られた。その代わりとして、秋津駅の方が先に設置・開業された(秋津駅は大正6年、清瀬駅は大正13年に開業)。 現在、清瀬市にある鉄道の駅はこの2駅である(JR新秋津駅は東村山市にある)。
・昭和初期、東武東上線と武蔵野鉄道(現西武池袋線)の中間地域を埋めるべく鉄道の敷設が計画され、東京青梅電気鉄道(JR青梅線は全く関係なし)が設立された。
当初、 池袋ー清瀬ー青梅の本線、清瀬ー越生の支線が計画されたが、結局、池袋ー清瀬ー越生での鉄道敷設に変更された(社名も東京北西鉄道に変更)。総工費は現在の価値で1,651億円。しかし、昭和恐慌などによる資金難による工事遅延が続き、最終的には免許失効となり敷設出来ず、まぼろしの鉄道となってしまった。
この知られざる鉄道計画が明らかになったのは、講師の中野氏の研究の成果といえる。 現在、暗礁に乗り上げている感がある都営大江戸線(12号線)の延伸予定地と重なる部分があり、興味深い。
講演終了後、館内に展示されている地質時代から縄文、鎌倉から江戸、昭和に至る歴史史料を見学し、午後4時半に清瀬市郷土博物館を後にした。
暑気払いの懇親会は、所沢パークホテル内の「マルコポーロ」で午後6時前より開始した。全員が一つの大きなテーブルに着座し、和気あいあいの内に談笑、グラスを傾けてゆったりとした楽しい時間が過ぎていった。
途中、1人づつスピーチをしていただいた。近況報告、トピックス、自己紹介、歴史研究会への感想・要望等、各自、思い思いの内容で話をされ、それぞれの人となりを知る良い機会となった。。
最後はカラオケで「若き血」を合唱し、午後8時過ぎいい気分で懇親会を終えた。
写真:岡田、記録:山本