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巨船、航海、竜宮城 -九日間 台湾海峡クルーズ記-


山本健

 8月のお盆休みを少し多めにとり船での台湾往復航海クルーズに参加しました。​

横浜大黒ふ頭はレインボウブリッジ東端にあり、横付けされた巨船は全長330メートル、幅38メートルの威容を見せていた。喫水線からさらに16階建ての50メートルほどの高さのビルが上に乗るという、例えばマンションが一棟どっしりと浮かんでいるようであり、華麗でおしゃれな配色と共に航海の安全を誇示してくれる。

 乗船後ICタグをつけると、ここからは船内の住民となりすべての管理がこの番号で行われる。船内では飲食自由であり、カジノやチップ以外にドル現金を使うことはない。3000人乗客の乗下船管理が間違いなく行われることへの信頼がわく。

正装してのメインダイニングは簡単なイタリア料理で、かえって大衆グリルの方がバラエテイも多く楽しめた。中央ホールは三階吹き抜けの豪華なドーム型の大広間であり、ピアノ演奏やロビーでのくつろぎの様は都内一流ホテルのものを凌駕する佇まいで、大型シャンデリア、磨きこまれた金箔の手すりとカラー電飾の階段と相俟って高級感を充満させていた。

 今年の特徴で熱暑による波状的な台風の発生と時期が重なり、この航海は台風を避けつつ

その進路の後を追う形となった。そのため乗員に聞いても滅多に味わう事のない揺れを体感することとなった。船内劈頭に五〇〇人規模の劇場があり、そこでの落語会で桂文枝が話の途中に「揺れまんな」と合いの手を入れ、一体感を持つ観客の笑いを誘い、「斯様な席での語りは生まれて初めてで皆さんと一緒にいい経験になった」と半ばぼやくように話したのも共感を呼んだ。

この公演は二日間で四回行われその三回を暇に任せて聴きに行ったが、最終日は夜ゆられて眠れなかったという文枝がやつれて見え、話も精彩を欠いたのは気の毒であった。

九日間航海中は暇だらけかと思い大量のビデオや本を持ち込んだが、ほとんどその必要はなく、昼夜とも船内の施設で楽しみ、ショッピング、プール、カジノ、ナイトクラブなどがごく一般的で誰でも気安く利用することができた。

 しかし何と言ってもこのクルーズのメインは海への参入であつたと思う。海に浮かんで大海、太平洋の中に航行するということ自体人生初めての事であり、飛行機では味わえない自然との一体感に包まれる。自分はデッキでウクレレをかき鳴らすことを夢にみていた。楽器の持ち込みは禁止されていたので沖縄で買い込んだそれをそうっと持ち帰り、数日にわたり念願を果たした。晴れの日はちょうど潮風を受け、気持ちのいい自己陶酔での演奏に酔うことができ幸せであった。

海を見ながら数時間過ごす間に、たまたまイルカの大群が舷側をすれ違い、慌ててかみさんを呼びつつ室内にカメラを取りに行ったが残念ながら殆んど写すことはできず、わずか銀杏形のテールだけしかとらえられなかった。後で聞くと、その時デッキにいた乗客は皆そのウオッチングを体験したようで、うらやましい限りだ。

海は凪のときの銀盤状の平面もその壮大さに打たれるが、やはり多少変化のある波の生じるときの方が眺めていて楽しい。大海原の限りない青さの中に大きなうねりがあり、それが無数の小さなうねりに変化する過程で風を受け、押し上げられた小波の三角形の頂点が鋭角となり、さらに極限まで薄くなったときに同じ風に押されて落下しつつ砕ける。波頭は白く太陽を浴びて光り、海面の色彩を何万点の二色刷りに変える。水平線の彼方まで続く景観は陸地沿岸では決して会えない壮大なもので圧倒的に迫る感動を与えるものであり、この眺めこそクルーズの醍醐味を実感させられるものであった。

 たった数日であっても海だけを見て過ごしたあと陸地に出会うと少しホッとする。3日目に 

台湾基隆港につき九份観光で豪雨に見舞われ、晴天の台北で、街中のレストランで久しぶりのしょうゆ味の焼きそばに感激する。次の寄港地は宮古島でここはボートでの上陸となる。

友人が一棟貸のペンションを建設中で、そこを見学、島を案内してもらう。沖縄那覇市では台風影響の大雨の中、国際通り、共同市場とモノレールおもろタウン、買い物後、沖縄料理店で日本酒(船中にはなかった)に舌鼓。一日ごとの各島への寄港後、最終日は熊野沖に夕方停泊し300年伝統の有名な扇形海中花火大会を鑑賞し、9日目昼横浜岸壁に接岸した。

 日本では「海を越える」ことが渡洋という海外旅行の代名詞となることもあつたが、これを実体験する貴重な体験ができたと思う。賑やかな出港式、旅情を誘う離岸、接岸、人生観と重なる大海原、海に浮かぶ華麗な竜宮城にも匹敵する娯楽とごちそうに満ちた宮殿生活は、乙姫様抜きではあっても、確かな桃源と陶酔の9日間であった。


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