パリー五輪雑感
- 事務局
- 2024年8月20日
- 読了時間: 7分
更新日:2024年8月24日
2024年オリンピックが閉幕した。

前回東京での異常なコロナ禍による無観客試合などもなく、大会当局が懸念した騒動も起こらず無事に終わった。
日本は400人以上の選手を送り、まずまずの成績は収めた。
同時にオリンピックの性格に数多くの変化を見た。古代から伝わる伝統的な大会も年月世代を超え、形を変えてきた。映像を重視する競技が増え、それなりに一般の国民の興味を深めたと思う。全世界の人がこぞって郷土愛や国家意識を持ってスポーツの真髄を楽しんだ。

膨大な競技者が開会式で行う。入場行進は、以降の競技期待や、若者のエネルギーに興奮を伝えてくれる。選手たちも長く苦しい練習の結果、ここへ来て晴れ舞台で試合ができることに忘れがたい喜びを感じると思う。
しかし、実際には、競技前の選手たちに過度な負担をかけている事を認識してほしい。酷暑のもと正装した洋服の中で、大量の汗をかき消耗する。近日に試合のある選手やウエイト微妙な選手は、欠席する。
競技大会としての入場式が必要であり、それなりの効果特徴があると思うが,それ以上のイベントに選手が付き合うのは負担である。
オリンピックのショウ的な要素は必要かもしれないが、選手負担となることはいかがなものか?今回船に乗って手を振っていたが、選手の頭の中はこれからの試合でいっぱいのはずである。はっきり言うと、開会式競争のような開催国ごとに新しい目立つことをやるのはやめて欲しい。オリンピック自体に競技として十分な感動性を備えており、その伝統は競技が始まって輝きを放つものである。オリンピックが世界中のスポーツマンの憧れであり、長年の必死の努力を重ね、国内予選を勝ち抜き、ここで世界一となることを目指す競技会であることを改めて認識してほしい。
競技
緒戦体操競技で本命視されていた橋本選手の失敗を他選手が見事に挽回して団体優勝につなげた。印象的だったのはテレビ画面にチラッと出た。岡選手の結果を見て、日本選手団が意外な好結果を喜ぶ様子であった。「この男がここまでやったか」と言う雰囲気を感じた。
いつも言っているのだが、選手には二通りある。緊張で筋肉が縮み普段の成績が出ないタイプといわゆる「火事場の馬鹿力」と表される土壇場で力がアップするタイプである。マスコミにあおられ大試合になると、普段の成績が出せない前者に比べ後者の力は普段練習ではなかなか発見できないものであるが、ある日大舞台で爆発することがある。多くのオリンピック実績にその例があり、監督コーチはそれを見極めることが大事である。
フェンシングのリザーブ永野選手、女子やり投げの北口選手などは、この好例であった。ちなみに塾のフェンシング部から飯村、宮脇、選手、レスリングの尾崎選手が健闘し、久しぶりの慶應義塾メダリストになった。塾出身で期待された陸上の豊田選手は、故障に泣いたが、レース後半、1本足で完走し一礼する姿は感動した。中距離の樺沢選手とともに今後の活躍に期待したい。
水球
水球は1968年以後予選を突破できず、50年以上オリンピックに出場できなかった。
日本がカザフスタン、中国を破りアジア1位となったのは2015年であり、その後急速に力をつけてきた。実力は世界に匹敵するものとなってきた。今回チームジャパンはアジア王者として世界12カ国の参加チームに加わった。ここから8チームが準決勝トーナメントに進出する。
日本のグループには伝統的強国ハンガリー、スペイン、セルビアがおり、フランスオーストラリアの2国には勝機らがあった。
初戦セルビア第二戦フランスに対し泳力は互角であり兵力のもと、試合はほぼ拮抗して進んだ3ピリオドまではリードする場面もあった。日本の対人マークは戦法は交互に30秒ずつ保持するボールを相手に時間切れで放棄させることもしばしばあつた。しかし残念ながら防御体制は新たに起用されたキーパーの力不足もあり整っていなかった。世界に匹敵する力量実績のある正キーパーを使わなかった事は、疑問の残るところであり、私の見た目でも右手の抜けが遅い若いキーパーを使うにはまだ早すぎると思った。
水球の審判は主に水中で見えない部分を含めて、選手のやる反則を判断する。その判断も反則の程度により致命的な1点になる。退水やペナルティーシュートも含められる。
主審の主観により試合の帰趨が決まることも多く、観客の応援雰囲気などによりレフェリーの笛が微妙に影響されるのも現実である。今だいぶ是正されてはいるものの、国益や人種差別が影響を与えたことも多々ある。そして、判定に疑問があっても、水中の動作が多いだけ。見えない部分への反論はなかなか難しい。他の競技のようにビデオ判定など扱いにくい。セルビア戦では終了寸前に同点であった。そこで日本の反則が取られ1人退水となり1点献上した。終わった。そしてこのチームが後に決勝まで進み、金メダルを獲得した。
フランスに対しては、昨年ワールドカップ(写真)で18対15で楽勝したこともあり、まずは一勝出来る相手であった。しかし、ホームチームと言う有利にやられてしまった。ペナルティースローを投げ損なうなど単純なミスが3回ほどあり、一進一退のあと最終ピリオドになると特有の地元大歓声のもと、審判の笛も微妙に地元有利となってしまった。ゴールキーパーを棚村に変え3点を連続して入れ同点になったが、セルビア戦と同様終了直前に退水を受け、その1点で負けた。
この後3、4戦は強国スペインとハンガリーに大差で負けた。最終オーストラリア戦はいつも勝ったり負けたのチームではあったが、今回奮起して1点差で勝った。しかしこのチームは得失点差でトーナメントに進出した。
結局日本は予選落ちとなった。
日本のエースは稲場選手である。ヨーロッパリーグに単身参加し、得点王にもなった。日本の攻撃が彼を中心になるに従い、敵も稲場君をマークし、そこが厳しくなるとチーム力は半減した。加えて、本人もまだ全チームを率いて敵に敢然と立ち向かう根性やリーダーシップは未完成であり、火事場の力を出しえなかった。日本は泳力や独特の戦法で体力差を補う力をつけてきたが未だ及ばず、もう少しの練磨が欲しい。
結果的に日本チームは互角の力を持ちながら、気力で負けた感じがする。この点を反省し、なお防御力を練り上げ、世界上位に進出することを願いたい。
他の競技
オリンピック初戦から個人競技、特に体操、柔道、卓球、レスリング、スケートボートなどがたくさんのメダルを獲得した。この分野で世界3位以内に入ると言う事は個人努力の結果であって、大いに祝福したい。ただマスコミが囃すメダルラッシュと言うにはメインである陸上水泳が惨敗し、大きな競技である団体球技もいまいちであったことと合わせまだ反省すべきであると思う。陸上での古代からの種目であるやり投げの優勝は燦然と光るものである。歴史を塗り替える快挙と言える。
団体競技では結果は得られなかったが、過去最大の参加チームが活躍した。
特に地元有利判定に泣いたバスケットは実質上位の力をつけたことに敬意を表したい。予選決勝で実際は勝っていたのに負けにされた。あの審判はひどいやつだ。そしてバレー、サッカーと水球、各チームは少しの運とキッカケがあれば決勝までいける実力がある事をみせつけた。
閉会式は何度見ても感動する。競技者が手を取り合い歩く姿に、世界はひとつと言う実感を持つ。確か始まりは東京五輪だったと思う。当時係員が選手たちに声を枯らしたして国、別に整列させようとしていた。しかし、門が開くと同時に開放された世界の選手たちは、雪崩れを打って、混然と式場に入り、そのまま手を組み、肩を抱き、満面の笑顔で場内を歩いた。国境のないオリンピックの精神そのものがごく自然発生的に演出された。
その後今に至るまでこの形は続いており、これが日本発祥であることは実に誇らしい。オリンピックの意義は、古代オリンピック発生の時「すべての戦いを休戦としこの競技に参加する」としたことにある。この原則、この大原則を破った時、オリンピックの基本的価値は半減した。
世界一の速い男、力持ちの男、強い男、を讃え、オリーブの冠をかぶせて表彰した。
いつの間にか国家的覇権や商業主義がオリンピックの値打ちを自ら弱めてきた。アマチュアリズムの崩壊、開催都市の負担増による開催希望国の減少など、結果として起こるべきして発生しているものである。
現実に戦争は続いており、当事国の参加を認めてはいないが、それだけでなく、すべての戦いを止めることが世界のルールとして復活するなら、オリンピックと言う力、その意義は絶大なものとなろう。聞くところによると、ビーチバレー戦でネット越しに言い争いになった時、会場にジョンレノンの「イマジン」が流れ観客がそれに和したという。「世界は一つ」を訴える歌詞でありオリンピックの本質を沸き起こした。
改めて4年ごとのオリンピックが世界平和そして戦争をなくすことに役に立つこと切に願いたい。
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