所沢三田会 歴史研究会9月例会
―日本橋の歴史と三井記念美術館、神田川クルーズを楽しむー
去る9月15日(火)、歴史研究会の9月例会を開催し、会員10名で日本橋周辺の歴史探訪と三井記念美術館の見学、そして神田川周遊クルーズを楽しみました。
今回の例会は、日本橋に残る江戸から近代、そして現代へと続く歴史を訪ねるとともに、東京の街を水上から眺める神田川クルーズを組み合わせた企画でした。当日は朝からあいにくの天候で、雨の状況やクルーズの運航も気になる一日となりましたが、それ以上に思いがけない出来事が待っていました。
■思わぬ路線変更から始まった例会
当日は、地下鉄東西線で架線事故が発生し、予定していた交通機関を利用することができなくなりました。参加者の皆さんには急な路線変更をお願いすることになりましたが、それぞれが情報を確認しながら無事に日本橋方面へ集合。予定を変更し、まずは三井本館と三井記念美術館の見学からスタートすることになりました。
予定外の出来事ではありましたが、こうしたハプニングも皆さんの協力で乗り切ることができ、結果としてその後の行程をほぼ予定通り進めることができました。
■三井記念美術館
最初に訪れたのは三井本館7階にある三井記念美術館を見学しました。
今回のお目当ては、開催されていた「館蔵の茶碗100撰―国宝から手造り茶碗まで―」です。三井家が長年にわたって収集してきた茶道具の中から、特に茶の湯の歴史と関わりの深い茶碗を選んで展示したもので、普段なかなか見ることのできない名碗を一堂に鑑賞する貴重な機会となりました。
展示は大きく6つの章に分けられていました。第1章は「唐物茶碗」、第2章は「高麗茶碗」、第3章は「和物茶碗」です。ここでは国宝や重要文化財に指定された名碗をはじめ、前回開催された「三十撰」に選ばれた名碗もすべて含まれており、日本の茶の湯の歴史を代表する茶碗をじっくりと鑑賞することができました。さらに、第4章では「樂の茶碗」、第5章では「永樂の茶碗(保全・和全)」、そして第6章では「手造茶碗」が展示されていました。
同じ「茶碗」という器でありながら、時代や産地、製作技法によって、その形、色、釉薬、表面の景色などが大きく異なります。参加者からも、「茶碗にもこれほどいろいろな種類があるのか」と驚きの声が聞かれました。
特に、古い時代の茶碗から日本で作られた茶碗、さらに樂や永樂の茶碗、そして手造りによる茶碗へと見ていくことで、茶の湯の文化が長い年月をかけて日本独自の発展を遂げてきたことが感じられました。
普段は何気なく使っている「茶碗」ですが、一つ一つに歴史があり、形や色彩、土や釉薬、造形の違いによってこれほど豊かな表情を見せることに、参加者一同、興味深く見入っていました。
■昼食は日本橋で乾杯
歴史探訪を楽しんだ後は、日本橋の「TOYO日本橋コレド店」で昼食をいただきました。午前中から歩いて見学を続けてきたこともあり、まずはビールで乾杯。 10名でテーブルを囲み、それぞれ好みのランチを楽しみながら、歴史や美術館の展示についての話はもちろん、日頃の出来事などにも話が弾み、楽しい懇親の時間となりました。歴史研究会では、史跡や博物館などを見学するだけでなく、こうした昼食を囲んで会員同士が親睦を深めることも例会の大きな楽しみの一つです。
■日本橋の歴史を訪ねる
昼食後、日本橋周辺を歩きながら、江戸時代から現在まで続く日本橋の歴史を訪ねました。

最初に「日本橋由来記の碑」を見学しました。この場所は江戸時代には高札場が設けられていたところで、現在の碑は昭和11年(1936年)に日本橋区によって建立されたものです。碑の上部には歌川広重の日本橋を描いた絵があり、その下には日本橋の由来が刻まれています。
長い年月を経て文字はかなり読み取りにくくなっていますが、日本橋が長い歴史を持つ場所であることを今に伝える貴重な碑です。
続いて、日本橋の四隅に設置されている青銅製の「獅子像」を見学しました。

現在の石造りの日本橋が完成した明治44年(1911年)に橋の装飾として設置されたもので、獅子は前足で東京市の紋章を抱えています。橋の四隅から東京の街を守る守護獣のような姿で配置されており、日本橋を訪れた際にはぜひ見ておきたい特徴的な装飾です。
さらに橋の中央部には、翼を広げた「麒麟像」があります。
ここでいう麒麟は、動物園で見る首の長いキリンではなく、中国の伝説に登場する聖獣です。日本橋の麒麟像には本来の麒麟にはない翼が付けられており、「日本橋から飛び立つ」「地域や日本がさらに発展していく」という願いが込められているとされています。

明治44年(1911年)の日本橋架け替えの際に制作されたもので、設計は建築家の妻木頼黄。青銅による麒麟像は、日本的な伝統と西洋的な近代建築が融合した日本橋を象徴する存在ともいえます。
また、日本橋は江戸時代の慶長9年(1604年)に五街道の起点と定められ、その後も全国の道路網の中心として重要な役割を果たしてきました。橋の中央には「日本国道路元標」が設置されており、今回はその複製も確認しました。

江戸時代には全国へ向かう街道の起点、近代以降は日本全国の道路の起点という日本橋の役割を知ることで、現在も多くの人や車が行き交うこの場所が、なぜ日本の中心的な場所として発展してきたのかを改めて感じることができました。

さらに、日本橋魚河岸跡にも足を運びました。
江戸時代、日本橋には大規模な魚市場があり、「一日に千両の取引がある」といわれるほど活気に満ちた場所でした。江戸の食文化を支えた日本橋魚河岸は、関東大震災をきっかけとして大正12年(1923年)に築地へ移転し、日本橋での約300年にわたる歴史を終えました。
現在の日本橋は高層ビルが立ち並び、当時の魚河岸の賑わいを直接感じることはできませんが、魚河岸跡を訪ねることで、江戸の人々の暮らしや食文化に思いを馳せることができました。
■雨が心配された神田川クルーズ
午後からは、今回の例会の大きな楽しみの一つである「神田川周遊クルーズ」に向かいました。
当日は雨模様で、クルーズが予定通り運航されるのか、参加者一同気をもんでいました。天候によっては欠航となる可能性もあり、せっかく事前に予約していただけに心配されましたが、幸いにも運航されることになりました。
事前予約のおかげで、乗船時には比較的早い順番で乗船することができましたが、船内は満席。14時、いよいよクルーズが出港しました。
幸い雨は時折パラパラと降る程度で、本格的な雨にはならず、皆さんもほっと一安心。船上から東京の街を眺めながら、いよいよ水上からの歴史探訪が始まりました。
■ガイドの説明を聞きながら東京の歴史を水上から
クルーズでは、船上ガイドによる軽快で分かりやすい解説があり、参加者は興味深そうに耳を傾けていました。
川沿いには、江戸時代の面影を残す江戸城の石垣跡などもあり、普段、道路を歩いているだけでは気づきにくい東京の歴史を、水上から見ることができました。
また、クルーズの大きな魅力の一つは、次々と現れる橋です。今回のコースでは実に41の橋をくぐり、それぞれの橋の名前の由来や歴史、特徴などについてガイドから説明がありました。橋の上を通る車や人の姿、両岸に建ち並ぶビルや住宅など、普段見慣れている東京の街も、川から眺めるとまったく違った景色に見えます。参加者はガイドの説明を聞きながら、右を見たり左を見たり、時には後方を振り返ったりしながら、忙しくも楽しく東京の風景を追いかけていました。
■「撮り鉄」さながらのシャッターチャンス
クルーズの途中では、地下鉄丸ノ内線の橋梁を通過しました。
ちょうど列車が橋梁を通る場面を見ることができるかどうか、皆さんが期待して待っていると、タイミングよく列車が通過。参加者は一斉にカメラやスマートフォンを構え、まるで「撮り鉄」のようにシャッターを切っていました。

普段は地下鉄として利用している丸ノ内線を、川から見上げるというのも、水上クルーズならではの体験です。
さらに神田川から隅田川へ入ると、東京スカイツリーが姿を現しました。

東京スカイツリーと隅田川の橋梁が一緒に視界に入る景色はたいへん印象的で、ここでも皆さん一斉にカメラを構え、思い思いにシャッターを切っていました。
川面から見る東京の街並み、橋、歴史的な構造物、そして現代を象徴する東京スカイツリーが一つの景色の中に収まる光景は、今回のクルーズを締めくくるにふさわしいものでした。
一日の中で「美術」「建築」「江戸の歴史」「近代日本の歴史」「都市の発展」をさまざまな角度から学ぶことができ、歴史研究会らしい充実した例会となりました。
例会終了後、参加された皆さんからは「非常に楽しかった」「クルーズが特に良かった」などの声も聞かれ、当初の心配をよそに、10名全員が楽しい一日を過ごすことができました。
歴史を資料や写真で学ぶだけでなく、実際にその場所を歩き、建物や史跡を自分の目で見、さらに船に乗って東京の街を水上から眺めることで、歴史をより身近に感じることができた今回の例会。
予定外のハプニングも含めて、参加者の皆さんにとって思い出に残る一日となりました。
次回も、皆さんと一緒に「見て、歩いて、感じる」ことのできる、楽しく興味深い歴史探訪を企画していきたいと思います。
文責・写真:南 博幸(S51法)
*写真の一部はネットから借用しています。














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